大分地方裁判所 平成2年(ワ)214号 判決 1991年5月30日
原告
内田アツコ
ほか三名
被告
田嶋和昭
主文
1 被告らは各自、原告内田アツコに対し金六二七万七九九二円及び内金五七〇万七九九二円に対する平成元年八月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、原告内田好之、同保月光子及び同内田利美に対しそれぞれ金二〇九万二六六四円及び内金一九〇万二六六四円に対する平成元年八月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は九分し、その三を被告らの、その三を原告内田アツコの、その余を内田アツコを除く原告らの各負担とする。
4 この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告らは各自、原告内田アツコに対し金一九二八万六五一〇円及び内金一七五三万六五一〇円に対する平成元年八月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、原告内田好之、同保月光子及び同内田利美に対しそれぞれ金六四二万八八三六円及び内金五八四万五五〇三円に対する平成元年八月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告田嶋和昭が運転する自動車に同乗中、同被告の過失により死亡した訴外内田尚之(以下、「尚之」という。)の相続人である原告らが、被告田嶋に対して民法七〇九条、被告有限会社久住ブロイラー(以下、「被告会社」という。)に対して民法七一五条及び自賠法三条に基づいて損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 尚之は、平成元年八月一九日午後三時三分ころ、大分県大野郡野津町大字野津市二三五三の二番地国道一〇号線道路上を、被告田嶋和昭運転の普通貨物自動車(加害車両)の助手席に同乗して佐伯市方面から大分市方面に進行中、同被告が脇見運転の過失により前方に赤信号で停車中の訴外藤澤行男運転の大型貨物自動車に加害車両を追突させたため、内臓破裂で即死した(以下、「本件事故」という。)。
2 被告会社は加害車両の所有者であり、本件事故当時加害車両を自己の運行の用に供していた者で、被告田嶋の使用者でもある。被告田嶋には前方不注視の過失があつた。
3 尚之は、本件事故当時被告会社に勤務していた。
二 主要な争点
原告は、尚之は、本件事故前、被告会社から年間三二一万円の給与収入を得ていたほか、米作及びトマト栽培により年間四九四万一一四九円の農業収入を得ていたとして、逸失利益を四二〇一万一〇二一円、尚之の慰謝料は二〇〇〇万円、葬儀費用一〇〇万円、弁護士費用三五〇万円の損害を被つたと主張する。
被告らは、逸失利益算定の基礎となる尚之の収入、すなわち、尚之が被告会社から支給されていた給与の金額、原告らの農業収入における尚之の寄与割合、農業収入に占める経費の割合、慰謝料の金額等の損害額を争つている。
第三争点に対する判断
一 尚之の逸失利益 金一八四一万八六八七円(請求金額四二〇一万一〇二一円)
成立に争いのない甲一号証、九号証、乙一号証の一ないし四、二号証の一ないし一九、原告内田好之本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲六ないし八号証、証人小原真一の証言(一部)、原告内田好之本人尋問の結果(一部)によれば、次の各事実が認められる。
1 尚之は、昭和八年五月一五日生まれの健康な男子であり、被告会社の従業員として雛の飼育・管理業務に従事していた。尚之は、通常、午前八時過ぎに被告会社に出勤し、午後五時四〇分前後に退社していたが、被告会社では雛の出荷のための捕鳥は夜間もしくは深夜に行われるため、尚之も右捕鳥業務に従事することがあり、従事した場合には捕鳥手当を受給していた。尚之は、被告会社から、昭和六三年には捕鳥手当を含め二三〇万一〇〇〇円の給与及び夏冬合計一〇万円の賞与を支給され、平成元年の一月から七月までに捕鳥手当を含め一三二万五五〇〇円の給与及び五万円の賞与を支給された。
2 尚之は、被告会社の勤務のかたわら原告内田好之(以下、「原告好之」という。)ら家族と共同で米作及びトマトの栽培の農業を営み、米作により昭和六三年には二三六万九七八六円、平成元年には五二五万二七四一円の収入を挙げ、トマト栽培により昭和六三年には三五六万五〇〇〇円、平成元年には二九三万〇〇四四円の収入を挙げていた。
尚之方においては久住町農業協同組合に対する米の売上げ、丸果大分合同青果株式会社に対するトマトの出荷は尚之の名義で行われていたが、トマトの栽培に関しては主として長男である原告好之とその妻るり子が中心となつて農業を行い、尚之はビニールハウスの回りの草刈りや選果を手伝つていた。
また、尚之方では、田植えと水田の水の管理は主として尚之が行い、稲の収穫、乾燥、脱穀、袋積、出荷の作業は主として原告好之及びその妻るり子が行つてきたが、平成元年に梅村士から約二町の田を借りて耕作面積を増やし、乗用田植機を購入して田植えに使用するようになってからは、原告好之も田植えを行うようになった。尚之の死亡後、原告好之は梅村から借りた田を管理することができなくなり、平成元年一二月同人に田を返還した。
甲五号証には尚之は平成元年五月から七月までの三か月平均二三万〇六六六円の給与及び一二万円の賞与が支給された旨の記載があるが、尚之の賃金台帳である乙一号証の三、四と比較すると右記載は正確ではなく、証人小原真一の証言によれば、右記載は被告会社が三重労働基準監督署に対する尚之の労災保険給付の申請のために尚之の給与を水増しして記載したものと認められるから、甲五号証は採用することができないし、乙五号証には通勤手当のほかに車両手当三〇〇〇円が支給された旨記載されているが、賃金台帳である乙一号証の三、四には車両手当の支給された旨の記載はなく、証人小原真一の証言によれば乙五号証の車両手当の記載は誤りであることが認められるから、乙五号証も採用することができない。乙二号証の四ないし六、一六ないし一八によれば、尚之は昭和六三年及び平成元年の田の荒起こしの時期である四月や田植え時期にも余り休暇をとつておらず、かなり捕鳥業務に従事していたことが認められるが、甲九号証、原告内田好之本人尋問の結果によれば、尚之は毎日朝早くから農作業に従事する働き者であつたことが認められるから、右乙二号証の四ないし六、一六ないし一八によつても前記認定は左右されることはない。
また、証人小原真一の証言中には尚之は農業に関与していない旨の供述があるが、甲九号証、原告内田好之本人尋問の結果に照らし採用することができず、その他前記認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の事実に基づいて、尚之の収入について検討する。尚之が昭和六三年に被告会社から支給された給与及び賞与の合計は二四〇万一〇〇〇円であり、平成元年の一月から七月までに支給された給与の合計は一三二万五五〇〇円であるからこれを一二か月に換算し、前年並みの賞与一〇万円を加えると二三七万二二八五円となるので、これを尚之の被告会社から支給されるべき給与等の収入とみることにする。
次に、農業収入における尚之の寄与の割合について検討するに、尚之方における農業は同人の名義で行われていたことから同人はいまだ農業の主宰者とみられること、トマトの栽培は主として原告好之及びその妻るり子が主として行つていたが、尚之もビニールハウスの回りの草刈りや選果を手伝つていたこと、米作も平成元年には農作業の多くは原告好之が行つていたと見られるものの水田の水の管理は尚之が行い、尚之の死亡後は約二町の田が維持できなくなったこと、農業には単なる労働だけでなく、経験が重要であること等を考慮すると、尚之は米作収入については五割の、トマト栽培の収入については二割の寄与があつたとみるのが相当である。そして、平成元年の米作収入が昭和六三年に比して約二・二倍と大きく増加し、右増加は耕作面積の増加に起因するところが大きいと考えられるところ、尚之が本件事故により死亡しなければ右耕作面積を維持することができたと推定されるから、尚之の逸失利益算定の基礎としての昭和六三年の米作収入を基礎とするのは不合理である。しかし、耕作面積は三町一反から五町一反に増加したのであるから(甲八号証、原告内田好之)、右の収入の増加が耕作面積の増加のみによると即断することもできない。そこで、農業収入が年々の変動が大きいことも考慮し、平成元年及び昭和六三年の平均収入をもつて尚之の逸失利益を算定する基礎としての農業収入と認めることとする。してみると、尚之方のトマトの栽培による収入は三二四万七五二二円、米作収入は三八一万一二六三円となる。これから大分県における農業の平均的な収益率(トマト五〇パーセント、米四六パーセント、以上は当裁判所に顕著である。)を乗じ、さらに尚之の前記寄与率を乗じて同人の農業所得を算定すると一二〇万一三四二円となる。
トマト 3,247,522×0.5×0.2=324,752
米 3,811,263×0.46×0.5=876,590
324,752+876,590=1,201,342
したがつて、尚之の逸失利益算定の基礎となる収入は給与収入及び農業所得を合計した三五七万三六二七円となる。
尚之は、本件事故当時満五六歳であつたから満六七歳まで稼働することが可能であつたとし、右金額を基礎とし、四割の生活費を控除し、中間利息の控除について新ホフマン方式により、同人の逸失利益を算定すると一八四一万八六八七円となる。
3,573,627×0.6×8.5901=18,418,687
二 葬儀費用 金一〇〇万円(請求額 同額)
前記認定の事実によれば本件事故による損害としての尚之の葬儀費用は一〇〇万円が相当である。
三 慰謝料 金二〇〇〇万円(請求額 同額)
甲一号証、原告内田好之本人尋問の結果によれば、尚之は妻原告内田アツコ(以下「原告アツコ」という。)、長男原告好之夫婦と同居して生活していたものであり、原告アツコは病気がちであり、農業に関しても中心的な役割を果たしていたことが認められ、これに前記本件事故の態様、尚之の年齢、その他本件に現れたすべての事情を考慮すると尚之の死亡に対する慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。
したがつて、尚之が本件事故によつて被つた損害額は合計三九四一万八六八七円となる。
四 相続
原告アツコが尚之の妻であり、原告好之がその長男であることは前記のとおりであり、甲一号証によれば、原告保月光子及び同内田利美は尚之の子であることが認められるから、原告らは相続により、尚之の本件損害賠償請求権を法定相続分の割合にしたがい、原告アツコが二分の一、その余の原告が各六分の一の割合で承継した。
五 損害の填補
成立に争いのない乙四号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、原告らに対し自賠責保険から二四九三万五一九〇円、被告会社から葬儀費用等の一部として六万五七一〇円の合計二五〇〇万二七〇〇円が支払われていることが認められる。また、原告らは本訴において労災保険から支給された三〇〇万円も損害から控除する旨述べているので、これらを法定相続分の割合に按分して原告らの損害額から控除すると、被告らが賠償すべき損害額は、原告アツコに対し五七〇万七九九三円、その余の原告らに対し各一九〇万二六六四円となる。
六 弁護士費用 一一四万円(請求額 三五〇万円)
本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害としての弁護士費用は原告アツコについて五七万円、その余の原告について各一九万円と認めるのが相当である。
第四結論
以上のとおりであるから、被告らは、原告アツコに対し六二七万七九九三円、その余の原告に対し各二〇九万二六六四円及び右金員のうち弁護士費用を除く部分について本件事故の日である平成元年八月一九日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるが、その余については支払う義務がない。
よつて、原告らの本訴請求を右の限度で認容し、その余を棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 林醇)